機動戦艦ナデシコ

Digital Fairy Tales

〜before "The prince of darkness”〜

作:たのじ

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第一話 『馬鹿』がロボットでやって来た!

<2200年1月某日 暗礁宙域の中だから周りはゴミだらけ>
 現在、私達、地球連合宇宙軍第四艦隊所属、試験戦艦ナデシコBは、暗礁宙域にて新型機動兵器の性能試験の真っ最中。
 対象の機体はネルガル製のエステバリスV(仮名、ちなみにUは量産型)と、既に統合軍の正式採用が決定しているクリムゾン製のステルンクーゲル。IFS処理をしなくても充分な性能が得られる、というところが、IFS処理をいやがるパイロット志望者達に受けて、ステルンクーゲルは次世代機動兵器の主役と目されている。
 そこに危機感を抱いたネルガルが、エステバリスとIFSの優位性を主張するべく、また、エステバリスが次期主力機動兵器の座を確保するために今回の性能試験、ということになった。
 データ取りのために、ナデシコBただ一人のパイロットであるカイトさんがエステに乗り、統合軍からテストのために出向してきたトガシラ大尉がステルンクーゲルに乗り、毎日毎日模擬戦の連続。……でもこのトガシラ大尉、腕は良いみたいだけど、あの性格は部下としてはちょっと……。
 強烈な個性には慣れてたはずなんだけど、この人はまた一段と強烈。
 早くテストが終わらないかしら?

ホシノ・ルリ



 月のネルガルドックからナデシコBへと向かう輸送艦の格納庫の中で、同乗している整備班の班長、ウリバタケ・セイヤは二機の機動兵器をうっとりとした目で眺めていた。
「おー、さすが新型、いいねぇいいねぇ。最新型の小型ジェネレーターを搭載して実現したエステのスマートなこのフォルムとそれに似合わぬ耐久性! 対して大出力のジェネレータを脚部に配置した安定感と重厚さ、そして火力のステルンクーゲル! 整備のしがいがあるってもんだぜ。
ああっ、ネルガルの誘いを受けてほんっとーによかった! 関節技のフルコースに耐えた甲斐があったってもんだ」
 奇妙な感慨に耽って、自分の世界に入り込んだセイヤ。
 そして、家を空けることに猛反対する細君にくらったプロレス技のフルコースを思い出してしまったのか、いやなものを忘れようとするかのように頭を振るその背後に、近づく人影があった。その長身痩躯の人影は、薄暗い格納庫内だというのにまん丸のサングラスをかけ、頭には紫のバンダナ、そして癖のない黒髪を肩の下まで伸ばしていた。
 彼はセイヤの隣りに並ぶと、にやりと薄笑いを浮かべながら、正面を向いたまま語り始めた。
「どーだねウリバタケのおっさん、私の愛機のステルンクーゲル、その名も『シュテルクスト』は?
私とこいつがあれば、ネルガルの機体なんぞひとひねりにしてくれるぞ。ぬっふっふっふっふ、ふわははははは!」
 尊大な口調とえらそうな態度で傍若無人なセリフを吐き、腕を組んで高笑いする彼だったが、不思議と嫌みは感じられない。セイヤもその男の態度には慣れているのか、特に気にした様子も見せず、こちらも腕を組んでにやりと笑った。
「確かに並のやつじゃああんたにかなわないかもしれんが、ナデシコBにはヤツがいる。
あいつがこれに乗ればいくらあんたでもそう簡単には落とせねぇぜ」
 その言葉に反応して高笑いをおさめる彼。しかしずっと笑い続けていたのだから、大した肺活量である。そしてサングラスの奥の目を光らせ、彼は不適な笑みを浮かべた。
「ほぉぉ、そーれは楽しみだ! おっさんがそう言うならばそいつは良い腕をしてるのだろう。
統合軍に敵なしと呼ばれたこの私と、そのナデシコBのパイロット、どちらが上かはっきり白黒つけてやろうではないか!
ふわははははは……!」
「……何が『統合軍に敵なし』、だ。まだ統合軍が出来てから一年経ってねぇじゃねーか」
 そして格納庫には、しばらくの間、彼の一人の高笑いが響きわたっていた、らしい。
 


 ワンマンオペレーションシステムプランのデータ収集艦である試験戦艦ナデシコB。この艦は、試験戦艦の名が示す通り、データ収集が主な任務であり、宇宙軍としての警備任務にあたることは多くない。実際問題として、新設された統合軍に主流が移って以来、宇宙軍は主役の座から追いやられたあげくに規模の縮小を余儀なくされたために、ナデシコBがのんびりとデータ収集を行えるのである。
 最もこうした立場のために便利使いされることが多く、今回もそうした例の一つにはいるのだろう。現在ナデシコBは、月軌道上で命令待ちの待機中である。艦長席に座る少女は、一年前から切っていない、少し伸びたその淡い藤色掛かった銀の髪をもてあそんでいた。
「ルリちゃん」
「今は勤務中ですよ、副長」
「では艦長、艦隊司令部より連絡です。……本日15:00にネルガルの輸送艦と合流、テスト用の機体と人員を受領した後、ナデシコBは予定通り旧資源衛星コロニー”ヒメユリ”跡周辺宙域に移動するように、とのことです」
 旧資源衛星コロニー”ヒメユリ”とは、木連の攻撃によって破壊されたコロニーの一つである。その本体は資源採取用の小惑星であり、地球圏内を漂っていた物を地球を挟んで丁度反対側の月軌道上に運搬・設置したのである。周辺には同様に集められた小惑星が無数に存在しており、木連の攻撃で破壊された後はコロニー自体が放棄されたために、ちょっとした暗礁宙域となっているのである。
「了解しました」
 ナデシコBのブリッジは上段と下段に分かれており、その上段には、艦長であるホシノ・ルリ少佐の陣取るIFSシートがある。そしてその両脇に、今は空席のオペレーション補佐用のIFSシート、そして副長のヤマモト・カイト中尉のシートが配置されている。
 ちなみに、本来副長は大尉クラスがあたるのだが、現在ナデシコBには、カイトより上位はルリしかいないのでこの処置がとられている。伸ばし始めたくせっけの強い黒髪、少し浅黒い肌と引き締まった百八十ほどの長身、そしてそこそこ映える優しげな顔立ち。カイト本人は元々機動兵器のパイロットであり、副長は性にあっていないようだが、艦長がルリと言うこともあってか、真面目さを発揮して立派な副長ぶりを見せている。
 半年前にアキトとユリカが事故で失われ、彼ら四人の生活が終わりを告げた後、ルリとカイトは宇宙軍に復帰し、こうして再びナデシコの名を冠する戦艦に搭乗していた。事故の直後は失ったものの大きさに潰されかけ、意気消沈していた彼らだったが、同じ体験を共有してきた仲間達と互いを支えにして周囲が驚くほどの速さで精神的に立ち直った。
 そして今ではこの二人、思い出のある古アパートを引き払い、地上の家族用官舎に住んでいる。
 事実上の同棲状態であり、今は亡き朴念仁の同居人と違って人並み以上に鋭い彼らは互いの思いに気づいていたのだが、関係はいまだ兄妹止まりであった。
 ある程度大人としての精神的余裕のあるカイトには特に問題はない。しかし、ナデシコで、そしてその後の生活で精神的成長を遂げ、一種の思春期にあるルリにとっては、この関係は色々と微妙なものがあり、いらないところに気を使ってしまう。
 それがブリッジでは如実に現れてしまい、わざわざ改まった応対になってしまうのである。
 艦長と副長の妙に他人行儀なやりとりは、当初ブリッジ要員達の不安材料だったのだが、二人の関係が明らかになるにつれ、それは好意的なからかいの対象になっていった。
horikawa>宇宙軍のアイドル、電子の妖精も、”気になる人”の前だと普通の女の子よねー
sango>ほんと、私達の前だと”副長”なんて改まっちゃって。ふたりっきりの時みたいに、”カイトさん”でいいのにね
asano>ああ。でももったいない。あんな美少女がもう予約済みだなんて……
sango>あら、じゃ、割り込んでみたら?
asano>……負ける戦はしない主義なんだ。
kishida>お前じゃそれ以前の問題だよ
horikawa>そうよね。ヤマモト中尉も結構ランク高いし……。やっぱりもったいないわ

 ブリッジ下段のオペレーター席の、珍しくもない勤務中のチャットの一幕であった。メンバーは違えどやはりナデシコ、この類の会話は珍しいものではなく、高校か大学のノリである。
 ちなみに、この時、チャットをのぞき見ていたルリが赤面して何も言えなくなったのはご愛敬。しかしそのせいで、カイトの呼びかけにも気づけなくなってしまっていた。
「艦長、そろそろ移動しないと間に合いませんよ。
艦長? ……ルリちゃん?」
「……あ、はい。ナデシコB発進準備」
 その一言でオペレーター達が動き出す。ゆるんでいるように見えても、命令一つできびきびと動き出すスタッフ達が、ナデシコBの練度と士気の高さを表している。
『機関部、異常なし』
『相転移エンジン出力上昇中』
『全部まとめて異常ありません』
 口頭での報告よりも早くIFSから情報が入ってくるのだが、このやりとりは伝統として無くなることはなかった。無くなる時は、ワンマンオペレーションが完成した後のことになるだろう。
「オオトジマ少尉、輸送艦の現在位置は?」
『予定通りです』
 ブリッジ勤務の女性士官の一人、オオトジマ少尉がきびきびと答える。
「では、ナデシコB、合流地点に向けて発進します」
 相転移エンジンが真空からエネルギーを汲み出し、無音の唸り声を上げる。
 ナデシコBは、その白い巨体をゆっくりと動かし始めた。進路の先には、これからしばらくの間行動を共にする輸送艦が、新型機動兵器と人員を載せて待っているはずである。
「それから副長」
「はい、艦長」
「勤務中は”艦長”ですよ。カイトさん」
「了解しました。ルリちゃん」
 


 予定通りに輸送艦と合流したナデシコB。ドッキングチューブが連結され、物資に先立って技術者達が乗り込んでくる。ブリッジを代表して出迎えたカイトは、その中に懐かしい顔を見付けていた。
「いよお、カイト! 久しぶりだな!」
「セイヤさん! なんでここに!」
 カイトの口調には、驚いているが、それ以上に見知った顔に久しぶりに合う喜びが現れていた。セイヤは既にネルガルを離れ、町工場の主に戻っていたはずなので驚きもひとしおだった。
「いや、会長さんに『新型をいじりたくないか』って誘われてな。こう、技術者魂がうずいちまってなぁ」
「でも、奥さん、いいんですか?」
 セイヤの妻は、ナデシコに乗っていた頃から夫が家を離れていることを快く思っていなかったはずだった。
 そのあたりの事情と、ウリバタケ家の夫婦喧嘩のすさまじさ(ウリバタケ夫人のプロレス技の切れ)を知っているカイトは、本気で心配していた。今はともかく帰ったらどうなるのか、と。
「んなこと気にするなっての。新メカをいじれるならば、たとえ火の中水の中! ちょっと関節技を喰らえばいいだけなんだからなぁ」
 そう言って愉快そうに笑うセイヤ。
 そしてその表情から、既に『お仕置き』をされたんだな、と脈絡もなくカイトは確信していた。
「で、セイヤさん、一緒に来てるはずのテストパイロットの人はどちらに?」
「あー、あいつならなぁ……」
 今回の航海の目的は新型機動兵器のデータ取りである。機動兵器は機密の固まりであるため、テスト一つにも気を使う。そのために、宇宙軍とネルガルは、場所を一般の航路から大きく外れた、先の戦争で破壊された資源衛星コロニー”ヒメユリ”跡の暗礁宙域とした。
 通常、この手のテストは一機では充分なデータが取れないため、模擬戦などを行うための機体が、最低一機は必要になる。ナデシコBには、しかしながら現在エステバリスのパイロットはカイト一人しかおらず、また人材を統合軍に持って行かれた宇宙軍の人手不足は深刻であり、パイロットの増員は遅れに遅れている。
 よって今回は臨時措置として、統合軍からパイロットと機体を借りてテストが行われることになっており、そのパイロットはセイヤと共にやってくるはずだったのだが。
「まあ、居ることは居るんだが……」
 急に歯切れの悪くなるセイヤ。ため息を一つついて、今自分が通ってきたドッキングチューブの方向を見る、がそこにはもう誰もいない。
「まだ輸送艦の中ですか?」
 そのセイヤの仕草につられてカイトもチューブの方向を見る。
「準備するって言ってたから、もうすぐ来るだろ。俺はやめとけって言ったんだが……」
「はあ?」
 疲れ切った表情で首を振るセイヤの姿に、おぼろげながらカイトは理解し始めた。どうやら一筋縄ではいかない人が来るらしい、セイヤにこういう顔をさせるような人が。しかし、仮にも元ナデシコのクルーだったカイト、とりあえずは気を取り直して現状の報告と確認のためにブリッジと回線をつなぐ。
 と、待ちかねていたかのようにルリの顔がコミュニケのウィンドウに現れた。
「艦長、輸送艦とのドッキング終了しました。機材の積み込みは順調なんですが……」
『どうしました?』
「テストパイロットの人の移乗が遅れてるようです。出来ればそちらから呼び出しをかけていただけますか?」
 妙な報告と”お願い”に僅かに首を傾げるルリ。最近のルリは、こんな仕草も頻繁に見せるようになっている。
『はい』
 輸送艦との回線を開こうとするルリ。
 しかしそのとき。
『おぉーっとぉ! その必要はないぞナデシコの諸君!』
 通信回線にルリには聞き覚えのない声が響いた。
 尊大で存在感に満ち満ちた、一度聞いたら忘れられないような、そんな口調だった。
 そして、同時に輸送艦のハッチが開き、そこから一機の機動兵器―――クリムゾン製ステルンクーゲル―――が飛び出した。その機体は通常のものと違い、パイロットの趣味なのか、つやのない黒で塗装されている。
 ステルンクーゲルはバーニアを噴かして輸送艦を離れ、でたらめな、或いはデモンストレーションのような動きでナデシコBの周囲を飛び回る。そしてナデシコBのブリッジに接近すると、中を覗き込むかのように一瞬、動きを止める。
 誰も予想していなかったこの突然の行動に、ブリッジの中は新手のテロかと緊張に包まれる。オペレーターたちは指示を求めて一段上の艦長席を見つめた。だが艦長席のルリは緊張してはいても浮き足立つことはなく、いつでも戦闘態勢に移れるようオモイカネに指示を出し、ステルンクーゲルに交信を呼びかけた。
「ステルンクーゲルのパイロットさん、聞こえてますか?」
 しかしステルンクーゲルはそれにも答えず、またバーニアを噴かすと輸送艦に戻り、その甲板に立つと上に腕を組んで反り返った。その仕草に合わせて、ようやくコミュニケのウィンドウが開いてステルンクーゲルのパイロットの顔が大写しになる。
 紫のバンダナと黒眼鏡、そして自信に満ちあふれた尊大な笑い顔がやたらと印象に残る、そんな顔だった。
『初めましてナデシコの諸君! 私が統合軍にその人ありと言われたエースパイロット! トガシラ大尉であーる! しばらくの間だがよろしくしようではないか!』
 表情に違わぬ自己紹介を終えると、彼、トガシラ大尉の高笑いがブリッジに響き渡った。その笑い声はコミュニケを開いていたカイトにも伝わり、呆気にとられたカイトは隣で何かを堪えるかのような表情をしているセイヤに思わず問いかけた。
「あの人がテストパイロットなんですか?」
「そーだ。まあ、おめーも苦労するだろうけど、頑張れよ」
 カイトは、そのセイヤの言葉にこれから先に待っているであろう苦労を想像して、一人天を仰いだ。
 そしてそのころルリは、延々と回線から流れる高笑いに、実に久しぶりの一言を呟いていた。
「……バカ?」
 
つづく

機体解説
ステルンクーゲル・シュテルクスト
 今回登場のオリジナルキャラクター、トガシラ・ツカサ大尉のステルンクーゲルカスタム。
 反重力推進装置を高性能な物に変えてあるので、機動性が向上している。その他のハード部分はオリジナルのまま。但し、サポートコンピュータの経験値がかなり高いために、ソフト面でも優秀である。
 愛称の「シュテルクスト」は「最強」の意味。
 
エステバリス3(仮名)・0G戦フレーム
 宇宙軍に採用されたエステバリスU量産型・0G戦フレームの性能がクリムゾン製のステルンクーゲルに大きく水を空けられていたため、危機感をおぼえたネルガル側が発動した次世代機動兵器開発プロジェクト、”EX”プロジェクトの第一段階の機体、全高七メートル弱。
 あくまで最初のステップの機体であるため、性能的にはステルンクーゲルに何とか追いついたか、という程度である。標準装備はワイヤードフィスト×2とラピッドライフル又はハンドバズーカ。オプションとして脚部ハードポイントに対艦ミサイルを左右各一本ずつ装着可能。
 だがこのプロジェクト”EX”の最終目標はその程度ではなく、現在このエステバリスVの性能を大きく上回る”スーパーエステバリス”の開発が進行中である。
 また、ネルガル会長アカツキ・ナガレ、会長秘書エリナ・キンジョウ・ウォン直々の指揮の下に、”EX”プロジェクトの最終目標であるコードネーム”黒”、”白”の開発が進行中である。

 最後に、この作品を掲載して下さった河田さん、本当にありがとうございました。
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「機動戦艦ナデシコ」はジーベックの作品です。

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