機動戦艦ナデシコ
Digital Fairy Tales
〜in "The blank of 3years”〜
作：たのじ
この作品は、カスケードスタイルシート(以下CSS)によってレイアウトを調整しておりますので、CSSに対応していないブラウザで表示させると、かなり見苦しいことになります。まことに勝手なお願いですが、CSS対応のブラウザでご覧になるようお願いします。
第六話 再び集結！『ザ・ライトスタッフ』
＜２１９９年３月某日 アキトさん曰く、火星晴れ＞
僕たちは今、火星に来ている。
事の起こりは、地球と木連の間の調停会議、これに旧ナデシコの主要メンバーが招集されたのだ。地球と木連の間に結ばれていた休戦、これはどちらかの陣営が火星遺跡を独占するのを避けるためのものだったのだが、その後の変化により、本格的な和平の道が開かれようとしていた。
地球側には、新たに木連をも含めた新秩序を樹立しようとする意志の元に『新地球連合』が、木連側には、強硬路線を主張する草壁中将一派に反発した若手穏健派将校による『熱血クーデター』政権が樹立され、今回の調停会議となった。
もっともこの会議も、まず第一の議題は『極冠遺跡の扱いをどうするか』であり、ナデシコのクルーが招集されたのはそのためらしい。遺跡の謎を解明するため、その謎にもっとも近いところにいる人材として。
でも、なぜ全てが終わってからナデシコに現れた僕まで呼び出されたんだろうか？ 一人で留守番するのは寂しいから、嬉しいと言えば嬉しいんだけど……。どういう訳か、この火星行きにはあまり楽しい予感がしない。
何かやっかいなことが起こりそうな、そんな予感をぴりぴりと感じる。
ヤマモト・カイト
２１９９年２月、エリナ・キンジョウ・ウォンはアキト達のアパートを訪れていた。目的は二つ、一つは、目の前で緊張しているカイトに身上調査の結果を伝えるためである。
緊張で強張っているカイトの姿は、自信のないテストの結果を告げられる前の学生のようで、思わずエリナの苦笑を誘った。
「さて、カイト君、あなたの身上調査の結果だけど、ほぼ明らかになったわ」
エリナの差し出した報告書には、『ヤマモト・ユウスケ』の経歴が事細かに記されていた。
「あなた、火星で生まれて地球のパイロット養成校に進学したようね。卒業後は軍に所属。その後、火星ネルガル研究所に出向。最終階級は二階級特進して中尉。残念ながら身内の方は第一次火星会戦で全滅。まあ、あの当時の火星の状況では同じ例は山ほどあるわ」
無言で報告書を見つめるカイト。だがエリナの言葉にもショックを受けた様子はない。それが自分の経歴だ、という実感がない為なのだろう。カイトにとっては、それはもう単なる記録に過ぎないのだ。
おかげで本人よりも、後ろのアキトとユリカの方が、慰めようにもタイミングを失っておろおろしている。
そしてルリは、無感動に自分の過去の経歴を眺めるカイトを、何か痛ましい物を見るように、ほんのわずかにその瞳を揺らしながら見つめていた。
黙々と報告書を読んでいたカイトだったが、一通り目を通すと、さっぱりとした顔つきになっていた。
「まあ、いきなり家族が出てきても実感がありませんからね。身寄りが無くなったと言われても今と変わりませんよ。今はここが僕の家で、みんなが僕の家族です」
背後で安心した顔を浮かべる一同。ユリカなどは感動した面持ちでうんうんとうなずいている。
「ところで、これで全部ですか？エリナさん」
そのカイトのセリフに、エリナは奇妙な表情で応えた。口元が楽しそうに、微妙に引きつっている。
「それがねぇ……。軍の考課表が出てきたんだけど、これがまた凄いのよ。超一流のパイロット、というのもそうなんだけど」
「記録によると、カイト君の軍歴は浅いはずですから……。考課表につくほどの事ってなんですか？」
一応正規の軍人教育を受けたユリカが興味深げに尋ねる。同様にアキトもルリも、気になったのだろう。エリナの次の言葉を身構えて待っている。
「それがねぇ、ほら、これ！見てこの考課表！」
悪戯を披露する顔で書類を差し出すエリナ。そこには……。
「命令違反、服務規程違反、上官反抗、その他諸々、懲罰の記録で一杯！ 同僚や後輩にはなぜか人気があったみたいだけど、上司の受けは最悪！ どうしてここまでやって放り出されなかったのか不思議なくらいね。火星にも大方やっかい払いされて飛ばされたんじゃないかしら？ 今の真面目な好青年ぶりが嘘みたいよ」
「ほんとにすっごい……。ここまでやってる人って、私、初めて見た……」
ユリカまでもが唖然とした口調で呟いた。本人もかなり一般的な軍人の基準からはずれているはずだが、その目から見てもかつてのカイトの所行は呆れるものらしい。アキトも何を言っていいのか判らない、といった顔つきで曖昧な笑みを浮かべ、カイト自身もかつての自分の悪行の記録に固まっていた。
エリナは苦笑を浮かべてそんなカイトを面白そうに見ている。
「まあ、これも昔のことだし、今のカイトは真面目なやつなんだし、問題ないじゃないか、な！」
アキトが、役に立ちそうもないフォローを始める。しかし、そこでルリが、ぼそりと呟いた。
「ナデシコのクルーって、みんな『人格はともかく能力は一流』という基準で集められたんですよね……。カイトさんも、真面目な人だと思ってましたけど、やっぱりナデシコにぴったりの人だったんですね」
とどめの一撃だった。
ユリカもアキトも表情の選択に苦労した末に苦笑を浮かべ、エリナは笑いの衝動を抑えるのに四苦八苦している。
その時のカイトの表情は、”こんな時、どういう顔をしたらいいのか判らないよ”と雄弁に語っていた。
そしてようやく笑いを押さえ込んで居住まいを正したエリナが、未だに固まっているカイトにまた一枚の書類を差し出した。
「さてカイト君、頼まれていた戸籍の件だけど、これを役所に提出すれば成立するわ。でもいいの？ 名前を変えちゃって」
その書類の名前は『山本祐介（ヤマモト・ユウスケ）』ではなく『山本魁人（ヤマモト・カイト）』となっていた。皆の視線を集めたカイトは、それを手にとってきっぱりと言い切った。
「もう、『ユウスケ』だった頃の記憶はありませんから。僕の名前はやっぱり『カイト』です」
満足げにうなずく名付け親のユリカ、微笑を浮かべてカイトを見つめるアキトとルリ。血の繋がりはなくても、そこには家族の絆があった。
「本人がそう言うならば構わないでしょう。もう何も言わないわ。ところで、これからが本題なんだけど……」
そう言いつつ新たな書類を取り出し、一同を眺め渡すエリナ。いつかと同じ話の展開をするあたり、こういうやり方が好みなのかもしれない。
「あなた達、火星に行って欲しいの」
「私達が火星に、ですか？」
「正確にはナデシコに乗ってた人達にね。ユリカさんにはそのうち軍から正式な命令が出ると思うけど、アキト君達にも行ってもらいたいの」
「それじゃあ、皆さん集まるんですか？」
「ええ、全員ではないけれど、ブリッジ要員の人達やイネス先生、ウリバタケさんもね」
「みんなに会えるんだ。元気にしてるかなぁ」
楽しそうに語るアキト達。しかしカイトは若干の寂しさを感じていた。
「それじゃ、僕は留守番ですね」
「何言ってんのよ、カイト君。あなたも来るのよ」
「え？ でもエリナさん、さっきナデシコに乗ってた人、って」
「あなたも乗ってたでしょう？」
そのこと場と共に、エリナは以前は滅多に浮かべなかった邪気のない、しかしどこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。
戦火の跡が、急ピッチで新たな光景に覆い尽くされようとしている火星。
新地球連合と木連新政権の和平交渉の第一段階、すなわち”極冠遺跡の機能解明、及びその利用についての新地球連合、木連間相互協定”を締結するための会議が火星で行われるその日、カイトとルリは、急ぎ足で宿舎から会場へと向かっていた。
アカツキ以下のネルガル組、そして旧ナデシコの主要クルー達は、エリナが語った通りにこの席に招集されている。エリナはその理由を、「遺跡のコアにもっとも近かったのは、ナデシコのクルーだから」とごく簡単に説明しただけだった。
むろんカイト達はこれで納得するようなタマではないが、事が事だけに拒否する権利もなく、かつての仲間達と合流し、火星にやってきたのだった。
そして本日、その会議の本番の筈だが、二人は遅刻気味であった。もっと早く会場入りしていなければならないのだが、これはルリがカイトに付き合った結果である。
宿舎に設備の整ったシングルルームを与えられたナデシコ一同の中で、カイト一人が寝過ごしたしたのだった。
長い押入暮らしですっかり朝に弱くなったカイトを待っていたルリは、ようやく現れた彼に冷たい視線を向けながら言ったのであった。
『カイトさんはもう大人なんですから朝くらいちゃんと起きてください。それとも私がモーニングコールしなきゃ起きられないんですか？』
すっかり恐縮したカイトは、二度と寝坊はしまいと心に誓ったのだった。一方ルリは、明日から寝坊しないように起こしに行こう、と決めていた。この点ではカイトに信用というものは無いらしい。
今のルリとカイトの関係を例えるならば、「仲の良い兄妹」である。しかし、ルリにとってのカイトは、「信頼する兄」であると同時に、「手のかかる弟」でもあるのだろう。
「カイトさん、もう少し急ぎましょう。遅れ気味です」
最後まで待っていたアキト達にも置いていかれ、もはや遅刻していることは明らかだった。かと言って堂々と遅れて行くわけにも行かず、ルリに会わせた早足で歩きながら、カイトは火星に来るまで考え込んでいた疑問を口に出した。
「ルリちゃん、なし崩しに連れてこられちゃったけど、何で僕まで呼ばれたんだろう？」
「一応ナデシコに乗ってましたからね。ジャンプした人間のデータは、一つでも多く欲しいからじゃないですか？」
「そんなものかなぁ……」
目の前にようやく議場の正面扉が見えてくる。しかもどういう訳かその前に、険悪な目つきでこちらを睨んでいるエリナの姿があった。
「この大事な会議に寝坊とは、いい度胸してるわねぇ、カイト君？」
「……何で知ってるんですか？」
開口一番核心をつかれて精神的によろめくカイト。すぐに再建を果たすが、エリナの追い打ちに反撃を封じられた。
「みんな知ってるわよ。ユリカさんが『ルリちゃんはお寝坊さんのカイト君を待ってるから遅くなります。ほーんと、兄妹みたいに仲がいいよね』って言ってたから」
その後に、『早くルリちゃんにも弟か妹を作ってあげようね』と囁いてアキトを盛大に赤面させたユリカだった。
エリナにいじめられるカイトを、同情の余地無し、とばかりに眺めていたルリだったが、三分も過ぎる頃になるとそろそろ止めるべきだと考えたのか、小言を遮るように口を開いた。
「そのくらいにして中に入りませんか？ 開始時間をとっくに過ぎてますけど」
「あらほんと……。じゃ、ついてらっしゃい。みんなはこっちにいるから」
「はい……」
「はい」
地球と木連が、その歩調を合わせるべく開いた記念すべき最初の会議。その会議は……、その第一歩目から紛糾した。
三人が会議場の一角を占めている旧ナデシコクルー達に合流したときにはまだ序盤と言うこともあってか、会議は順調に進んでいた。しかし、イネスが『遺跡』に関する報告を始めたとたんに空気が一変した。
地球と木連の戦争の原因となった『火星先史文明遺跡』。その技術と、残された設備の一端を手に入れただけの木連でさえ、国力で圧倒的に勝る地球連合と互角以上の戦いを行った。よって『遺跡』の扱いは、どちらにとっても最大の関心事である。
その精髄たる『極冠遺跡』には、先史文明が残した最大の遺産である『ボソンジャンプ』に関する情報が残されている。
両陣営共に、ボソンジャンプの秘密を入手したい。しかし、『遺跡』のコアがナデシコと共に宇宙のどこかを漂流中である現在、それは非常に困難である。
「つまり、地球、木連とも、我々の持つ『遺跡』に関する知識が欲しくてたまらないって訳さ」
「本体はナデシコごと、太陽系の外に向けて放り出しちまったからなぁ。後はあの時、俺達が手に入れたデータだけってことか」
「ふんふん」
終了予定時刻を大幅に超過してその日の会議が閉会した帰り道、アカツキとセイヤが状況を簡潔にまとめていた。そしてユリカがそれに相づちを打つ。が、特に何か有益なことを言うわけではない。
「それで僕まで呼ばれたわけですか？ コアの実物を見たこともないのに」
「その場にいた事が重要なのさ。しかも君は生体ジャンプが可能な人間だ。放っておく訳にもいかないんだよ」
「いまいち関連がはっきりしませんね」
カイトは未だに納得した様子はない。ルリも意見は同じのようだ。
「大枠は二人の言う通りね。今ここで必要とされているのは、『遺跡』と少しでも関係がある人間全て。『遺跡』の機能解明のためには少しでも多くのデータが必要だからよ。そして、それ以上に重要なのは、あのプレートね」
言って歩きながら思考に沈むイネス。イネスの言う『プレート』とは、火星での最後の戦いの際にボソンジャンプして現れ、また消えていった過去の自分――『アイちゃん』――から渡された物である。
それが何らかの記録媒体であることは間違いない、と推測されるのだが、再生方法になると、地球の技術ではお手上げの状態なのである。このプレートは、現在イネスの所有物という事になっているのだが、それをどう扱うかもまた問題になっていた。
結局、会議の初日は、大した進展も見せずに閉会となった。
「……と言うわけで、このプレートの再生方法は……」
「あのー、イネスさん、置いてかれますよ？」
宿舎までの帰り道の途中で、考え込みながらそのまま説明モードに入ってしまったイネス。回りの状況が見えていないのか、皆から置いていかれたことにも気づいていない。
旧ナデシコ主要メンバーのほとんどが同行していたのだが、今この場に残っているのはカイトとルリの二人だけである。既に他のメンバーは百メートルほど先を歩いている。
「……まだ調査中なの……。あら？」
「もう、皆さん先に行っちゃってます」
「説明なら落ち着いてからしてくださいよ」
「んもう……大事な説明をしてるっていうのに……。失礼しちゃうわねー」
既に仲間達の姿は路地の先に消えてしまい、あたりにはもう誰もいない。急ぎ足になって追いかける彼らに、その時、路地の一つからユリカの声が聞こえてきた。
『イネスさ〜ん、こっちこっち〜！ 早く来ないとぉ、おいてっちゃいますよ〜！』
「まったく、あの艦長ときたら相変わらずねぇ……。脳に行くはずの栄養が、全部胸に行ってるんじゃないかしら？」
苦笑を漏らしつつ、路地に向かって歩き出すイネス。カイトもルリと共にその後を追う。だが、カイトは歩きながら漠然とした違和感を感じていた。何か、とは言えないがおかしな感じがする。
『それ』はボタンを一つ掛け違っているような、ごく小さいが気になる感覚だった。
一人違和感に首をひねるカイトの袖を、隣のルリが軽く握って囁いた。
「変です。艦長達、ここの路地に入りましたか？」
「イネスさん！」
カイトは遅まきながら違和感の正体に気づいた。みんなはもっと先を歩いていったはずだ！
ルリの手を改めて握り、引っ張るように走り出す。しかし、時既に遅く、イネスの前には黒尽くめの人影が二つ立ちはだかっていた。
「イネス……フレサンジュ博士ですね？」
変声機を通した男とも女ともつかない声が確認をとるように響いた。イネスは突然現れた人影を前にしても平然とした様子だったが、カイトはそうはいかなかった。あわててイネスに追いつくと、ルリを体の影に隠すように立ち、逃げ場を探す。
相手はフルフェイスのヘルメットを被り、黒い戦闘服、そして手にはサブマシンガンを構えていた。前方は既に二人にふさがれ、入ってきた路地の入り口も新たに現れた一人によってふさがれている。
カイトが庇わなければならないのは二人。所持している拳銃一丁では応戦も突破も無理だった。そんな素振りを見せたとたんに、どちらかが反応してお終いだろう。
「だとしたら？」
「大人しく同行していただこう」
出来る限り二人を庇おうと位置を変えるカイト。ルリも心得た物で体を縮めている。そんな二人をよそ目に、イネスは落ち着き払って人影に対峙していた
「地球連合の方かしら？ それとも木連？ どちらにしても、私一人捕まえたからといって、遺跡の秘密は判らないわよ」
しかも、わざわざ相手を挑発するようなセリフを吐いている。その彼女を守ろうとしているカイトは気が気ではない。
「うるさいっ！ 逆らうというのなら……！」
「！ イネスさん、ルリちゃん、下がって！」
相手の逆上した声に、とっさに前に出るカイト。だがサブマシンガンを突きつけられている状態では、下手に銃を抜くことすら出来ない。緊張するカイトだが、イネスは落ち着き払っている。ルリはいつも通りの無表情だが、カイトには緊張してはいないことが見て取れた。
「大丈夫ですよ」
「そう、私に死なれでもしたら、困るのは向こうなんだから」
「逆らうなっ！」
そうは言われても、血の気の多そうな相手の態度を見ていると、とても落ち着けないカイトだった。無理矢理連れていくことに決めたのか、前後の三人はじりじりと間合いを詰めてくる。
もはや、捕まるしかないかとカイトが覚悟を決めたとき、サブマシンガン以外の銃声が轟いた。その火線は襲撃者達の足下で弾け、彼らの動きを止める。
「動くな！」
慌てて周囲を見回そうとする襲撃者達の足下に再び銃弾が撃ち込まれ、その動きを封じる。カイト達には聞き覚えのある声と共に、襲撃者達の背後に新たな人影が現れつつあった。
その数は三つ。光学迷彩を切って現れたその姿は、アキト、イズミ、そして木連の白い制服を着た男、木連優人部隊の一員、高杉三郎太だった。銃口はそれぞれ襲撃者達にしっかりと向けられている。
「やっぱり出たな！」
「どこかの強行派がはねっかえるのは予測済みだぜ」
正面の二人の背後に現れたアキトと三郎太がにやりと笑う。
「説明おばさんは渡さないよっ」
背後の一人にライフルを突きつけたイズミが普段見せない引き締まった表情で言い放つ。
「だーれが説明『おばさん』かっ」
「イネスさん、動いちゃダメです」
その言葉に反応したイネスをルリと二人がかりで引き留め、ようやくカイトも銃を構える。油断無く周囲を見渡しつつ、二人を連れて包囲から抜け出し、逆に襲撃者達を追いつめていく。
襲撃者達は、その不利を悟ると素早く更に細い路地に逃げ込んでいった。アキト達はそれを黙って見送る。
「追わなくていいんですか？」
「やめときな」
カイトを制する三郎太。既に銃は下ろしており、動く気配はない。
「でも……」
「下手に捕まえてもやっかいなことになるだけさ。今は和平交渉の真っ最中……。それが、どっちかが抜け駆けしようとしたことが明るみに出て見ろ。またドンパチの始まりだ」
「それに、どっちの陣営かはもう見えたしね」
ライフルを下ろしながらイズミも言う。その手にはいつの間に拾ったのか、小型の変声機がある。これでユリカの声を出し、イネスを誘い込んだのだろう。
三人とも警戒は怠っていないが緊張は解いている。
「あの身のこなし……。火星の低重力に慣れてない。地球側ですね」
「そうですか」
「お見事」
ルリとイネスが言葉少なに賞賛する。カイトは、アキト達の冷静な判断に驚くばかりだった。
「でもアキトさん、いないと思ってたら隠れて護衛をしてたんですね」
「ああ、カイトが寝坊して遅れてた間に決まったんだよ。で、高杉さんは木連を代表して俺達につけられた護衛役。こんなふうに、抜け駆けする連中が出たときのためのね」
「高杉だ、よろしくな」
「どうも……、カイトです」
バツの悪い思いをしながら三郎太に手を差し出すカイト。握手をしながら、その時、カイトはふと思い出していた。
「（この人、僕が木連の戦艦にジャンプしたとき、顔を合わせてたよな……？）」
気づかれたときの説明が面倒だと心配するカイトだったが、そんな様子を気にもとめず、三郎太は先に立って歩き出した。
「さて、今夜はもう襲っちゃこねえだろう。先に行った皆さんに追いついてメシにしようぜ、メシメシ！」
「なんか、なじんでますね、あの人」
「確かに」
呆気にとられて後を追うカイトの漏らした言葉に、苦笑するアキトだった。そんな言葉を交わしつつももう既に和んでいる皆の様子を、ルリの一言が端的に言い表していた。
「類は友を呼ぶ……」
「何か言った？ ルリちゃん？」
「いいえ、何も言ってませんよ、イネス先生」
『今ならば奴らも油断しております、ここは一息に』
人影が消えた路地に、姿無き声が響いた。
『よせ、我らが愚かな地球人の轍を踏む必要はない。襲われやすい状況、襲われやすい目標だからこそ警戒する。相手を甘く見るでない。我等は我等なりの策をとる』
『とすると、如何様に？』
『奴らは底抜けのお人好し揃いという事よ。……今は機をうかがう。監視を怠るな。地球人どもの動きも把握しておけ。こちらも油断は禁物だ』
『はっ』
そして一陣の風と共に、路地裏の気配は全て消えた。
会議は、翌日も紛糾した。
――『小田原評定』――曰く、無益な言い合いばかりで一向に結論の出ない会議のこと、とイネスがかなり穿った説明をした通りに、実質的な進展はほとんど見られなかった。ちなみに、暇を持て余したイネスが楽しそうにこのことわざの意味から発生、ついでに当時の歴史（イネスの専門は一体何なのだろう？）まで説明をしている間、ナデシコクルー達は一人残らずイネスを注目していた。いかに会議を聞いているのが退屈だったかよく解るだろう。
先日以来、すっかりナデシコクルー達のところに居着いてしまった三郎太も、それに聞き入っていたという。
地球側の代表であるミスマル・コウイチロウ、木連側の代表である秋山源八郎の二人が必死に冷静さを保って会議を進めようとしているが、それは今のところ徒労に終わっている。
そんな会議が二日、三日と続く頃、ようやくある決定が下された。
『イネス・フレサンジュ博士を代表とする旧ナデシコクルーに、極冠遺跡特別調査団への参加を命じる』、と。
つづく
後書き
お待たせしましたぁ〜。（待っててくれた人がいるのかな……？）
ようやく続きです。テンションが落ちてしまっていて大変でした。今回出て来た三郎太ですが、この頃はまだ角刈りのバリバリの優人部隊です。劇場版での雰囲気は欠片もありません。一体何が彼を変えたんでしょう？（笑）
現在執筆速度が落ちまくっていますが、応援次第でまた上がるかもしれません。
是非感想下さいね（笑）
それでは次回、「機動戦艦ナデシコ Digital Fairy Tales 〜in "The blank of 3years"〜」
『遺跡』への探索行の準備を進めるナデシコクルー達。しかし、影から彼らを虎視眈々と狙う一派の姿があった。
正体不明の敵に狙われる彼ら。そして、警戒するクルー達をあざ笑うかのように彼らの目の前で拉致らされるミナト。
第一歩を踏み出す前から困難だらけの彼らの旅。
果たしてその先に待つものとは？
第七話 出撃！『極冠遺跡』へ
でお会いしましょう。
最後に、この作品を掲載して下さった河田さん、本当にありがとうございました。
この作品はNetscape Communicator4.75、Netscape6、Internet Explorer5.5で表示を確認しています。
「機動戦艦ナデシコ」はジーベックの作品です。
御意見、ご感想はこちら：tanoji@jcom.home.ne.jp