機動戦艦ナデシコ
Digital Fairy Tales
〜in "The blank of 3years”〜
作：たのじ
！注意！
この作品はセガサターン用ゲームソフト「機動戦艦ナデシコ The blank of 3years」のネタばれが一部含まれています。
ゲーム途中の方、これからプレイされる方には、余りお勧めできません。
ごめんなさい_(__;)_
この作品は、カスケードスタイルシート(以下CSS)によってレイアウトを調整しておりますので、CSSに対応していないブラウザで表示させると、かなり見苦しいことになります。まことに勝手なお願いですが、CSS対応のブラウザでご覧になるようお願いします。
第一話 遅れて来た『彼』
＜２１９８年３月某日 障害物は無し、周辺宙域クリア。これも晴れって言うのかしら？＞
地球と木連との戦争の原因であった遺跡のコア、ボソンジャンプコントロールシステムの中枢部分。火星極冠遺跡を巡っての戦闘中、私たちはそれをナデシコに積み込み火星からボソンジャンプした。
これを奪い合って地球と木連は戦争をしている、これさえなければ戦争をする理由もなくなる。だから、太陽を挟んで反対側の火星軌道上にジャンプし、後は誰もこのコアを手に入れられないようにナデシコの本体ごと宇宙のどこかへ捨てちゃえばいいはず……だったのに。
テンカワさんと艦長の力のおかげで、本来ジャンプに耐えられないはずの私たちともども、ナデシコは一人の欠員も出さずにジャンプした。ナデシコ本体からブリッジを切り離して遺跡のコアを宇宙に投棄、点呼をとったらとりあえず地球に帰還……のはずだったのに。
その時『彼』が現れた。
どこからともなく現れた『彼』。
どうやってナデシコに現れたのかもよく判らない『彼』。
でもこれが、この新しい大切な仲間と私たちの出会いだった……。
ホシノ・ルリ
ナデシコ艦内医務室、”説明おばさん”ことイネス・フレサンジュの城。本来怪我人及び病人の場所であるベッドの上に、至って健康体に見える青年が横たえられている。
年の頃は二十歳そこそこ、くせっけの強い黒髪と少々浅黒い肌を持つ、そこそこ映える顔立ちをしたモンゴロイド系の青年である。
そのベッドを覗き込んでいるのは、医務室に相応しいとは言い難い剣呑な雰囲気を漂わせた一団の男女。
「この制服、どう見ても木連優人部隊のものですな。いかがです、ユキナさん？」
「じーっ……。確かに間違いなさそうね。プロスさん、これ、やっぱり優人部隊の制服よ」
ユキナの後ろからプロスペクターが青年を覗き込んでいる。その隣には、相も変わらず周囲に威圧感を振りまいているゴートが控えていた。
「艦長、いかがしましょうか。保安上の観点から言えば、今の内に独房に移した方が望ましいのですが」
「気絶している人を独房に放り込むなんてかわいそうですよ。第一、まだ木連の工作員だー、なんて決まった訳じゃないんですから、目を覚ますまではここで寝かしといてあげましょう」
「相変わらず甘いわねー……。で、どうするの、ミスマル・ユリカ？ このまま彼が目を覚ますまで雁首並べてお茶でも飲んでるの？」
「エリナさん、きっつーい……。イネスさん、彼の様子はどうなんですか？」
ユリカは、エリナのきつい視線から逃れるように、ベッドの反対側で我関せずとばかりに紅茶のカップを傾けていたこの部屋の主に声をかけた。
「呼吸、脈拍、脳波、全て正常。自然な眠りの状態にあるから、これだけ騒げばじきに目を覚ますと思うけど……」
傍らのベッドで眠る話題の人物は、その視線に応えるように、ゆっくりを目を開けた。まず医務室の天井と対面し、次に周囲を霞のかかった目つきで見渡すと、頭を押さえつつ身を起こした。
「あら、お目覚めのようね。それじゃあなた、まずは……」
「ドクター、ここからは私の仕事だ。まずは君の姓名、所属。そして木連優人部隊の人間がなぜこのナデシコに潜入してきたのか、目的を話してもらおう」
カルテを手に質問しようとするイネスを制して、ゴートが皆の壁になるようにしてベッドに近づいて行く。その物理的圧力すら感じさせる迫力に驚いたように、青年はベッドの上に座ったまま器用に後ずさった。
「あ、あのう……」
「だめですよ、ゴートさん。その人怯えちゃってるじゃないですか。それに、今まで気絶していたんですからまずはイネス先生の診断を受けてもらわないと」
「しかし、艦長……」
のほほん、とした雰囲気を振りまきつつユリカが助け船を出す。安心したのか青年は一息ついたが、何か言い出そうとした形で口が止まり、次にぐるりと周囲を見渡した後に頭痛に耐えるかのように右手で額を押さえ、ようやく顔を上げた。
そして、頼りない表情で集団に向き直ると、弱々しい口調で呟いた。
「あの……僕は誰なんでしょう？ ここはどこなんですか？ 今の状況も、自分のことも解らないんです……」
「記憶喪失、っていう手はだめだめ！ もう前にあたしが使っちゃってるから」
再度イネスの診断を受ける青年の後ろで、何やら得意そうに、諭すような口振りでユキナが語っている。そのユキナの背後から、プロスペクターが冷めた口調でつっこみを入れる。
「あなたの場合、バレバレでしたけどね」
「なによー、げしっ」
「ひらりん☆」
自分で声に出した擬音と共に返されたユキナの右足を、こちらも擬音と共にかわすあたり、プロスペクターもかなりのりがいいらしい。突如始まった漫才を後目にカルテに何やら書き込んでいたイネスだったが、顔を上げると手を叩きつつ振り返った。
「はいはい、騒ぐなら外でやってちょうだい！ で、結論から言うと、彼は正真正銘、記憶喪失ね。詳しく説明すると……」
「あの、イネスさん、ゴートさんも待ってますし、今は手短にお願いします」
あわてたようにイネスを遮るユリカ。その顔は微妙に引きつっている。
「……まあ、いいわ。彼の症状は記憶喪失の中でも一番のお約束、個人情報のみが完全に失われている状態ね。記憶喪失、すなわち健忘症には逆行性、退行性、その他いろいろあるんだけど……」
「ドクター、だから手短にしてちょうだい」
「んもう……、ここからなのに。要するに！ 一般常識やら何やら社会生活に問題がないくらいの知識は残っているわ。でも自分に関する出来事、人物、その他の記憶はきれいさっぱり無くなってるの」
さすがに不機嫌そうな表情を浮かべたイネスだが、淀みなく手短に説明する。
「ということは、ドクター」
「そ、彼に尋問しても全くの無駄。時間を使うだけ無意味よ」
「解ったのはこの方が木連の人間だ、ということだけですか……」
「まあ、それも好都合よね……」
ゴート、プロスペクターの二人はこの事態に頭を抱えている。正体不明の人間が、よく解らない方法で、ボソンジャンプした後のナデシコの中に現れたのだから当然だろう。一方エリナは何かを企んだ表情で記憶喪失の青年を見つめている。その表情はすぐに「ニヤリ」と表現できる類のものに変わっていった。
「えと……、それで、僕はどうなるんでしょうか？」
周りで繰り広げられる会話にようやく参加の糸口を見つけた青年が、おずおずと口を開いた。
「んー、戦闘中に捕まえた捕虜、ってわけでもないし投降してきたわけでもないし……。プロスさん、どうしましょう？」
「これも傷病兵扱いになるんですかねぇ……。一応木連の方のようですし、営倉あたりに軟禁、というところですか。」
「軟禁、ですか……」
その単語には憶えがあるのか。青年は軽く唇を噛んで俯いた。
「じーっ、まじまじ……。けど変ねー？ あたしこの人見たこと無いわよ？」
難しい顔をしている大人たちをかき分け、ベッドの傍らにやってきたユキナが青年を見つめつつ、不思議そうに呟いた。ベッドに囓りついているかのようにフレームのパイプを握りしめ、大きな目を更に見開いて青年を観察している。
「ユキナちゃん、いくらあなたでも優人部隊の全員を知っているわけじゃないんでしょう？」
「甘いわよ、エリナさん。この制服を着ることが出来るのは、少数精鋭の優人部隊の中でも更に一部の人だけなの。全員の名前と顔が一致しているわけじゃないけど、間違いなくこの人は見たことがないわ」
強い口調で断言するユキナ。そこにイネスが口を挟む。
「確かに彼が木連の人間かどうかは疑わしいわね」
「イネスさん、どうしてそう言えるんですか？」
迂闊にも尋ねるユリカに、イネスは待ってました、とばかりに目を輝かせる。しまった、と顔をしかめる一同。
「まずこの記憶喪失君が単独生体ボソンジャンプでこのナデシコに現れたらしいこと……。これはオモイカネの記録を調べないと断言は出来ないけどね」
「ですがドクター、優人部隊の方ならばジャンプできて当然なのでは？」
懲りずに質問するプロスペクター。
「ジャンプは、ね。でも今回の超長距離ジャンプをしたナデシコに、いくら優人部隊とは言えナデシコの内部を詳しく知らない人間が、それもチューリップの支援もゲキガンタイプの支援も無しに直接ジャンプしてくるなんて考え難いわ」
イネスの説明は続く。いつの間にやら引っぱり出したホワイトボードに何事か書き込みつつ、流れるように続いていく。
「更に！ 彼のこの右手！ 木連にＩＦＳをつけている人間なんているのかしら。ねえ、ユキナちゃん？」
その一言に全員の視線が青年の右手に集中する。怯えたように青年は右手を引っ込めようとするが、その前に動いたユキナに取り押さえられてしまう。
「がしっ！ あーっ、ほんとだ！ 模様がついてる！」
「ということは、実はこの方は地球側の人間と言うことでしょうか？」
「本人の記憶がない以上、確かめる術がないわ。現時点ではＤＮＡチェックにも該当者無し。地球に戻ればもっと詳しく調べられるけど、ナデシコの中ではこれが限界ね」
「あの……、それで本当に僕、どうなるんでしょう？」
今まで積極的に会話に入ってこなかった青年が、思い切った様子で顔を上げた。それなりに整った顔立ちなのだろうが、今はそれが迷子のように弱々しい。
「皆さんの話では、僕は、その木連の人間とも地球の人間とも解らないようですし……。僕にはよく解らないんですが『ボソンジャンプ』とかいうことをやらかしたらしいですし……。一体何がどうなっているのか……それに、僕の記憶は戻らないんでしょうか……」
青年が不安と混乱に押し潰されかけているのは誰の目にも明らかだった。その顔は今にも泣き出しそうに見える。その表情を浮かべたのが十五、六歳の美少年ならば保護欲を刺激されたかもしれないが、二十歳前後の青年では情けないだけである。
だがそれでも保護欲を刺激された者がいたらしい。道ばたで鳴いている子犬でも思い浮かべたのだろうか、ユリカがその場の皆を見渡して宣言した。
「わっかりました！ あなたの身柄はこの私、ナデシコ艦長ミスマル・ユリカが預かります！ いいですね、皆さん！」
「しかし艦長……」「危険です！こんな得体の知れない人間を！」「予想通りと言うべきか……」
三人はそれぞれの表現でユリカの決定に不満を表している。しかしユキナは木連の制服に対する親近感からか、その決定を大いに歓迎していた。
「よかったねー！ うんうん！」
「とりあえずあなたはもう一日医務室で寝ててください。明日には部屋を用意しますから地球に着くまではそこにいて頂きます。地球に着いてからも悪いようにはしませんから！」
侵入者扱いから客人扱いに、事態の突然の変化に呆然としていた青年だったが、自然と頭を下げていた。感謝を伝える言葉は幾つか知っていたが、出てきたのは一言だけだった。
「ありがとうございます、艦長さん……」
「いーのいーの！ 遭難者を助けるのは海の常識！ 宇宙の海でも同じです！ それじゃイネスさん、後はよろしくお願いしますねー！」
頭を下げたままの青年を残して、嵐のような艦長に率いられて彼らは引き上げていった。その際にエリナが青年に投げかけた何かを含んだ視線に、未だ下を向いたままの青年は気づくことが出来なかった。
「失礼するよ」
その時青年は自分のことを考えていた。過去を失った自分。そういう状況がある、ということはうっすらと憶えていた。しかしまさか自分がその当事者になってしまうとは。
これからどうすればいいのか。ナデシコに乗っている間は良い、だがそれからは？ どこの誰とも解らない自分、どうやら地球の人間であることは確かなようだが、地球に着いてからはどうすればいいのだろうか？ そもそも自分はどこの誰なのだろうか？
そんな時に彼らはやって来たのだった。一人は先程も会ったエリナ、もう一人は初めての顔だった。肩の下まで伸びた長髪に、どこか軽薄さを感じさせる表情を浮かべた青年。だがその目の奥には自分を値踏みするような鋭さがあった。
青年はその時怪訝そうな表情をしていたのだろう。二人は苦笑して顔を見合わせた。
「とりあえず初めまして、まず名乗っておこうか、名無し君。僕はネルガル重工会長、アカツキ・ナガレ。そしてこっちは君も知っているね？ 会長秘書のエリナ・キンジョウ・ウォン君」
「今度は尋問じゃなく、あなたの将来についての話を持ってきたの」
「将来、ですか……？」
つい先程まで考えていたことだったためか、名無しの青年は今までにない反応を見せた。それが思惑通りだったのだろう、どこか優越感を含んだ微笑みを浮かべつつ、エリナは話を始めた。
「単刀直入に言うわ、あなたにはある実験に協力して欲しいの」
「実験、ですか？」
「そう、あなたもさっき聞いたボソンジャンプの実験。実験に協力してくれるならば地球に着いてからのことはネルガルが保証するわ」
それは願ってもないことだった。自分の悩みのほとんどがそれで解決するのだから。
「それはありがたいんですけど、実験に協力するだけでそこまでしてもらえるんですか？」
「そう、ボソンジャンプできる人間は貴重なのよ。そのうち二人は協力してくれそうもないし」
「僕としてもこの申し出は是非受けてもらいたいね。君にとっても悪いことじゃないだろう。 それに君の身元調査、そして記憶の回復に関してもネルガルが全面的に協力するよ」
本来、名無しの青年にとっては飛びついてもおかしくない申し出だったが、すぐに答えることは出来なかった。あまりに条件が良すぎて却って躊躇してしまったのである。結局、青年の答えはこの時には出なかった。
「考えてみます……」
「いい返事を期待してるわ」
「そうそう、ま、君も急のことで混乱してるんだろう。地球に着くまでにゆっくり考えてくれればいい……」
余裕の笑みを浮かべて立ち去ろうとする二人。青年が結局は自分たちの申し出を受けると確信しているのだろう。だがその時、ナデシコ艦内に警報が鳴り響いた。コミュニケのウィンドウが開いてナデシコのメインオペレーター、ホシノ・ルリの顔が現れた。
”バッタ、及びジョロの群に遭遇しました。機影数十機確認。各エステバリス、緊急発進願います”
「なんでこんな所に木星トカゲがいるのよ！」
やや興奮気味にエリナがウィンドウのルリに噛みつく。だがルリはウィンドウごとそのエリナをさらりとかわして繰り返した。
”解りません。とにかく襲われてるんです。アカツキさんも急いで下さい”
「まずいな……、今のナデシコは裸も同じだ……。そうだ、ルリ君、エステバリス、一機余ってなかった？」
軽薄そうな表情を鋭いものに切り替えたアカツキが、悪巧みを思いついた表情でルリに尋ねる。
”……はい、予備のものが一機余ってます。けど、状態良くないみたいですよ”
「動けばいいさ。……さて名無し君、聞いての通りだ」
「はあ」
唐突にアカツキは青年に話を振った。当の青年は話の展開について行けていないらしく、間抜けな答えを返す。
「現在ナデシコは敵に襲われている。本来ならばとるに足らない敵だが、武装のほとんど全てを失ったナデシコにとっては脅威だ」
「ええ」
「というわけで君にも戦ってもらいたい」
アカツキが何を言っているのか解らない。解るような気もするのだが頭が理解を拒んでいるようだ。次第にその意味が頭に染み込んで、もう少しで理解できそうになったとき。
「何考えてるの！？ 彼は貴重なジャンプ体質の持ち主なのよ！ それを危険にさらすなんて！」
「えええっ！？ 僕も戦うんですか！？」
エリナの金切り声の助けもあって、青年はその言葉の意味を一気に理解した。自分が戦う？使い方もよく解らないもので？
「仕方ないだろう、エリナ君。まずはこの場を生き残らなくちゃ。ここで死んじゃったら彼も死ぬんだよ？」
「だからといって……」
「それに危険なのは僕やテンカワ君も同じなんだよ？ 僕らの心配はしてくれないのかい？」
「解ったわよ……」
セリフだけをとってみれば悲壮感あふれるものなのだが、アカツキの表情と口調はそんなものを感じさせないほど軽いものだった。そしていつもの軽薄な表情で、身振り手振りを交えつつエリナを説き伏せてしまう。
とりあえずエリナは納得したようだが青年は納得していなかった。
「ちょっと待ってください！ 見たことも聞いたこともないもので戦えなんて！ そんなの無理ですよ！」
「だ〜いじょうぶ。君の右手のＩＦＳインターフェイス、それがあるってことはエステバリスを動かせるってことさ。考えればその通りに動くんだから、問題ないない！ それに君の記憶が戻るきっかけになるかもよ？」
「う……」
”アカツキさん、急いで下さい。名無しさんも乗るなら急いで下さい。ナデシコがピンチです”
逡巡しているところにルリから警告が入る。ルリの後ろからユリカや通信士のメグミ、操舵士のミナトが慌てている様子が聞こえてくる。その様子に青年もようやく覚悟を決めた。とりあえず今を生き残らなけらば何も始まらない。
「さぁて行こうか名無し君！ 生き残るためにも、男だったらここで一発決めてこよう！」
「解りました……」
まだ多分に納得しかねるものを抱えているようだったが。
格納庫にはすでに二機のエステバリスしか残っていなかった。アカツキ専用の青いカスタム機、そして見るからに状態の悪い白い……、というより薄汚れて灰色の機体が一機。
「お〜い、落ち目の会長さんよ！ ルリルリから連絡来たけどこんなオンボロどーしよーってんだ？こいつは修理用のパーツ取りに使っちまったから中身はボロボロ、一回出撃したらそれでおしまいだぜぇ？」
整備班主任のウリバタケ・セイヤがメガホン越しに怒鳴っている。出撃時の殺気だった雰囲気で、彼も興奮しているのだ。それでもパイロットへの注意を忘れないところが彼のプロ根性なだろう。
「一回動けば良いんだよ。ほら名無し君、乗った乗った！」
「はあ……」
「そいつか？突然現れた記憶喪失の名無し君、ってのは？ 大丈夫なのかよ？」
「ＩＦＳつけてるんだから動かすことは出来るさ。さて、先行してくれ。僕も後から出るから」
「解りました……。どうなっても知りませんよ……」
覚悟を決めたと言ってもまだおずおずとした様子でパイロットシートに着く青年。セイヤが何か言っているようだが極度の緊張で耳に入ってこない。
「ほんとに大丈夫か、あいつ？」
「何とかしなくちゃ、みんなここで死んじゃうじゃない」
「まあそうだけどよ……。おめえさん達だけで何とかなるんじゃねぇか？」
「人手は多い方がいいってことさ」
パイロットシートに座ると同時に、青年は自分の中でスイッチが切り替わったような音を聞いた。ＩＦＳの輝きと共に自分の周りがよく見えるようになる。周りの空間に、どこに何があるかが手に取るように解るような気がする。
認識が広がる。
「……行きます！」
「続いてアカツキ機、出るよ！」
重力制御されていても感じる射出Ｇの洗礼を受けつつ、青年は宇宙空間に飛び出した。
そこはすでに光が飛び交う戦場だった。高速でナデシコに対する攻撃と離脱を繰り返すバッタとジョロの群。それに応戦する先行した四機のエステバリス。今まで彼らが相手にしてきた敵ならば、この程度は切り抜けられるはずだった。しかし、どうやら戦況はかなり不利らしい。
本体を切り離したためブリッジとその周辺部だけになり、迎撃の出来ないナデシコの周囲をガードするエステバリス隊の間で、緊迫した交信が飛び交っている。
”なになに〜、今までと動きが違うよ〜”
”なんだこいつら！ パターンが全然読めねぇ！”
”嫁無いものは独り者……、けっ”
”うわっ、強いぞこいつら！”
”アキト、だいじょぶ？アキト〜！”
苦戦するリョーコ、ヒカル、イズミ、アキトのエステバリス。フォーメーションを組もうにも以前とは違ったパターンで襲い来る敵の群に思うような動きが出来ない。そうこうしている内に、アキトのエステバリスが孤立する。ブリッジからユリカの悲鳴にも似た声が響く。
”アキト、アキト〜！”
”アカツキさん、名無しさん、ナデシコ下方でテンカワ機が完全に包囲されています。早く援護に行って下さい”
「了解！ え〜と、ルリさん、だったかな？」
先程の情けないものとは全く印象の違う青年の答えに面食らったのか、滅多に表情を変えないルリが驚いた顔を見せる。
”はい、急いで下さい。それと、名無しさん、わたしに『さん』付けなんてしなくても良いですよ”
その一言に、ブリッジに驚きが広がる。ミナトとメグミが驚いたようにルリを見つめていた。
「どうしたの、ルリルリ？ いきなり『さん』付けなんてしなくていい、な〜んて！」
「そうよ、あの名無し君、初対面でしょ？ ……あ〜、さては」
戦闘中にもかかわらずおもちゃを見つけた表情でミナトが、メグミがルリを見つめる。どちらの顔にもいわゆる”チェシャ猫笑い”が浮かんでいる。
「別に……、大したことじゃないです。最初に見たときとあんまり違うんで驚いただけです。それに、『さん』付けで呼ばれるのってあんまり好きじゃないですから」
やはり表情を変えずにルリは二人のチェシャ猫に答えた。そこにブリッジの時ならぬ騒ぎに気づきもしない通信が入る。
”オッケー、ルリちゃん。これよりテンカワ機の援護に向かいます！”
意識を自分の前に向ける。だが視線は固定しない。どこも見ていない、しかし視界全てを見ている状態で戦場を見渡す。視界の先で一機のエステバリスが包囲されている。包囲網の弱いところを探す。同時に自分に向かってくる敵機を警戒する。襲い来る敵機を撃破しつつ敵の包囲網へ切り込む。
まずは右三十度、次は真下、そして後ろに二機、一旦左にコース転換、交差と同時に攻撃……。
”やるぅ〜。やっぱただ者じゃなかったねぇ、彼。敵の動きを完全に把握してるよ。さすが優人部隊の制服着てるだけあって、優秀！”
”すっご〜い！ あれほんとにさっきの名無し君？ 別人みた〜い！”
先程までのおどおどとした様子とのあまりのギャップに驚いているらしいユリカの感嘆の声。それを耳にしつつ、青年はバッタの包囲網に切り込んでいく。
自分のとるべき道が全て解る。すぐに目前にアキトのエステバリスを捉えた。全速で接近しつつ、通信を送る。
”テンカワ機！ これより包囲網を破ります！ ついてきて下さい！”
”りょ、了解！”
自分が破った包囲網の穴の反対側に向かって、青年は突撃をかける。反対側の穴を塞ぐための移動で一時的に薄くなった部分を的確に突き、強引に穴を開く。前に敵がいなくなったとき、アキトのエステバリス共々、青年のエステバリスは包囲網を突破していた。
”サンキュー！ 助かったよ！えっと……”
「敵がまとまってる今の内に叩きます！ 各機、援護願います！」
”おい、ちょっと待て名無し！ お前一人じゃ無理だ！”
”そうだよ、名無し君。ちゃんとフォーメーション組まないと”
”……”
追いついてきたリョーコ達を確認すると、青年は声を無視して突撃をかけた。まずは敵を引っかき回す！
”おい、名無し！ ……仕方ねぇ、エステバリス各機！ 名無しを援護しつつパッタどもを殲滅する！ 遅れるなよ！”
”了解！”
全員の声が唱和し、反撃が始まった。
……十分後、つい先程までの苦戦が嘘のように、敵機動兵器の群は殲滅された。
ナデシコ艦内に戻った青年は、エステバリスのコックピットで……、突っ伏していた。
（怖かった……）
彼の頭の中にあるのはその一言だけである。戦闘が、ではない−実際、戦闘に対する恐怖は全くなかった−このエステバリスが、である。
戦闘中から妙な手応えが帰ってくると思ってはいたが、最後にはフレーム自体が軋み始め、緊急脱出装置が作動して着艦寸前でアサルトピットが排出され、ふらふらと流れていったフレームはやがて極小のお星様となって輝いたのであった。
（でも、自分の手足みたいにエステバリスを操縦できたし……、もしかして僕ってパイロットだったのかな？）
無くした過去に思いを馳せている青年の耳に、小さな爆発音が響いた。爆発ボルトが作動してハッチが吹き飛ばされたのだ。ようやく狭いコックピットから外に出ることが出来る。
別に彼は好き好んで浸っていたわけではない。本格的にお亡くなりになったのは機体だけではなく、アサルトピットもハッチがゆがんで開かなくなっていたのである。
暗闇に慣れた目に正面から降り注ぐ光。まぶしさに目を細めていると、人影が彼の視界に現れた。
「よう、よくやったな、名無しさんよ！ いやーよくあの機体で最後まで持ったなぁ！ いつ爆発するか、こちとらびくびくしてたってのに」
「運が良かったんですよ……。えと、ウリバタケさんですよね？」
「そう！ ナデシコ整備班班長ウリバタケ・セイヤ様だ！ ところで今日のヒーローさんよ、下で皆さん待ってるぜ」
セイヤが指し示す先には、すでにエステバリスから降りたパイロット達が待ちかまえていた。なぜかパイロットでもないユリカもルリをお供に来ていたが。
自分を見つめる視線に多少怯えながら、青年は彼らの前に降り立った。エステバリスを動かしているときとは、まるで別人である。
「名無し君、ご苦労さん！ いや、おかげで助かったよ」
「ほーんと、凄かったよ、名無し君！」
アカツキとユリカが先頭を切って声をかける。それを口火にして、残りのパイロット達も次々に声をかけてきた。
「すっごかったよねぇ〜、ねえリョーコ？」
「あ、ああ……、確かに」
「ほんと、おかげで助かったよ、ありがとう」
口々に賞賛を浴びせられる青年だったが、青年はそれほど喜んでいなかった。
「いえ……、思った通りに動いていただけですし……。それにフォーメーションも組めずに、皆さんに迷惑かけちゃったんじゃないでしょうか……」
「それであれだけ出来りゃあたいしたもんだって。なあルリ、さっきの戦闘のデータ、呼び出せるか？」
青年の背中を力一杯叩きながら、リョーコはルリに顔を向けた。それに答えて、ルリはぽつりと呟く。
「はい。オモイカネ、よろしく……。出ました。撃墜数の約三十四パーセントは名無しさんのスコアです。それとアシストも約二十八パーセント……、凄いですね。撃墜数の半分以上に関わっています」
「ほえ〜。ほんと、凄いよねー！ それじゃあ、そろそろみんなも揃ったことですし、お祝いでもしちゃいましょう！」
圧倒されるほどテンションの高いユリカ。そこに聞こえてきたルリの呟きに、青年は思わず苦笑を漏らしたのだった。
「なんのお祝いだか……」
ブリッジにナデシコ副長、ユリカ曰く『大事なお友達』のアオイ・ジュンの声が響く。
「あーあー、マイクテスト、マイクテスト、えーそれではナデシコ艦長ミスマル・ユリカから一言」
「えっへん、このたびはこの私、ナデシコ艦長ミスマル・ユリカとアキトの愛の力で火星の遺跡には遠くに飛んでってもらいました。ぶいっ！」
『一緒に戦った仲間だから』という理由で引っ張られてきた青年も、ブリッジの一角でユリカの演説を聞いていた。しかしその内容に、思わず微苦笑を浮かべて、隣に並んだアキトに本音を漏らしてしまう。
「しかし、『艦長』というイメージからとことん遠い人ですね……」
「仕方ないさ、ようやく一段落ついたところだしね。はしゃいでるんだよ」
「……艦長は、いつもああじゃありませんか？」
「ルリちゃんの言うとおりですよ」
アキトのフォローを台無しにするセリフを吐くルリとメグミ。メグミはくすくすと小さな笑い声を漏らした後、ふと思い出してユリカの演説を遮った。
「それではパーッとやっちゃいま……」
「艦長、その前に、この人どうするんですか？」
「あっ、そうだった、いっけなーい。すっかり忘れてました……ルリちゃん」
「はい」
「名無し君のＩＤ作ってオモイカネに登録しちゃって下さい。今日からあなたも私たちの仲間です！」
突然の宣言に慌てるプロスペクターとゴート。正体不明の人物に対するには、ユリカよりもこちらの反応の方が正常と言えるだろう。二人揃ってユリカに詰め寄っている。
「しかし艦長、現地での新規採用はもっときちんと調査と面接を行わないと……・」
プロスペクターの説得もユリカには全く通用しない。望んでもないことだったが、あまりの急激な展開に青年も思わず口を開いてしまう。
「あの、ほんとに良いんですか？ 自分で言うのもなんですが、僕ってとっても素性が怪しいですし……。と言うか素性も判りませんし」
「良いんです！あなたは私たちと一緒に戦って、私たちのピンチを救ってくれたんです。もう名無し君も立派なナデシコのクルーです！ ……あ、ルリちゃん、コミュニケも用意してあげてね」
「了解しました。でも艦長、名前の登録はどうしますか？」
「そっか、あなたもいつまでも名無し君じゃなんですから、ナデシコのクルーになったお祝いもかねて、わたしが名前を決めてあげます！」
沈思黙考すること約二十秒、ユリカは目を輝かせてその名前を告げた。
「カイト、っていうのはどうかな？ 良い名前でしょ？」
青年には何も反対する理由はなかった。名無しの自分が、『カイト』になった。このナデシコの一員となったのだ。どこにも行く当ての無かった自分に仲間と居場所が出来た、そのことが無性に嬉しかった。
だから彼は、最敬礼しつつ、一言だけ言った。
「はい、ありがとうございます、艦長！」
「それじゃあ、改めて自己紹介しますね。わたしがこの戦艦ナデシコの艦長を務める、ミスマル・ユリカです！」
それを皮切りに、次々にカイトは皆の自己紹介と歓迎を受けた。
ナデシコに『カイト』が現れた最初の一日は、多少の波乱を含みながらも、こうして過ぎていったのである。
つづく
後書き
この作品を読んでくださった方々に最大限の感謝を送ります。
サターン版ゲームソフト『機動戦艦ナデシコ The blank of 3years』を元に制作したこの作品、いかがでしたでしょうか？
潜在的ルリファンが、河田さんのSSとサターン版でルリに転んで書き上げたのがこの話。タイトルで感づく方もいらっしゃるでしょうが、もちろんヒロインはホシノ・ルリ。第一話ではあまり出番がありませんが。
ナデシコに現れたカイト君、記憶喪失の彼にこれから何が起きるのか？
ラストシーンも決まっています。最後まで書く覚悟もあります。
出来れば最後までお付き合いください。でもって、出来れば、是非感想下さい（笑）
批判、文句、矛盾点、誤字脱字などの指摘は大歓迎。根拠のない誹謗中傷以外はありがたく頂きます。
それでは次回、「機動戦艦ナデシコ Digital Fairy Tales 〜in "The blank of 3years"〜」
地球に降り立ったナデシコクルー一同。
遺跡のコアを投棄した一件から、彼らはサセボシティに拘留される。その中にはナデシコにどこからともなく現れた記憶喪失、身元不明の青年、カイト（＜命名、ミスマル・ユリカ）の姿もあった。
第二話 『新しい』生活
でお会いしましょう。
最後に、この作品を掲載して下さった河田さん、本当にありがとうございました。
この作品はNetscape Communicator4.75、Netscape6、Internet Explorer5.5で表示を確認しています。
「機動戦艦ナデシコ」はジーベックの作品です。
御意見、ご感想はこちら：tanoji@jcom.home.ne.jp
ちょっとした小話
タイトルは本来の意味からすると、「Digital Fairy's Tales」が正しいんですが、語感を優先してこのタイトルと相成りました。
さすがにストーリーはいじってあります。サターン版のまんまでは情報量が足りませんし。
冒頭の日記、この方法は私の好きなとある小説からパクッてきました。わざとです。同じ小説のファンの方、どうか広い心で許して下さい。