４






「ミ、ミーティング？」
「はい、そうですが」
　頷くふたりに、ヒカルが慌ててまくし立てた。
「だ、だって普通、恋人同士で食事して、バーチャルルームで楽しんでってきたら、後は天知る地知る人ぞ知るって言うか」
「そ、そうだそうだ」
　力説するヒカルとセイヤを横目に、艦長が額に手を当ててため息をついた。
「天知るうんぬんはともかく、話は見えてきました。──まったく、勘違いもいいところですよ。私が、そんな目的でルリさんを部屋に連れこむはずがないで しょう？　まあ、時間を考えずにOKしてしまった私も悪いんですが」
　苦々しげに言う艦長の横では、ルリが微かに頬を染めてうつむいている。
　恥ずかしがっているのか怒っているのか、判断が難しいところではある。恐らく、両方なのだろうが。
　艦長は頭痛をこらえるような仕草をしながら、居並ぶ面々の顔を眺め回した。
「それに、誰と誰が恋人同士ですって？　私とルリさんじゃ釣り合うはずもないでしょう」
「だ、だって……手作り料理作ったり、バーチャルルームでデートしたりしてたのは？」
　艦長はもう一度深いため息をつくと、ルリの顔を窺った。
　ルリは既に落ち着きを取り戻しており、いつも通りのポーカーフェイスを保っている。
「話しても構いませんか、ルリさん？」
「……はい。このまま誤解を放っておくわけにはいきませんから」
　ルリに頷き返すと、艦長はサブロウタたちに向き直った。
「結論から言いますと、ラーメンに関しては、別に私のために作ってもらった物じゃないんです」
「だって、艦長しかいなかったじゃねぇか」
「まあ、それはそうなんですが、理由があるんですよ。先日、夜の見回りで食堂を通りかかったら、調理場に明かりがついているのに気がついて、様子を見よう と思って入ってみたんです。そうしたら……」
　横目で、艦長がルリに視線を送る。
　ルリは艦長の言葉を引き継ぐように、ポツリと答えた。
「……ちょっと、ラーメンを、作ってたんです……練習っていうわけでもないんですが」
　ルリにしては珍しく歯切れの悪い口調に、サブロウタたちは顔を見合わせ――全員が思い当たる節があったのだろう、口元に小さく、苦い笑みを浮かべた。
　ルリが、やや早口になって言葉を続ける。
「でも、自分で食べてるだけじゃよく分からないところもありますし……ちょうど良かったから艦長に協力してもらってたんです。いちいち、誰かにお願いする のも何ですから」
　そう言いながらも、どこか気恥ずかしそうな様子をしているところからすると、古くからの知人に知られたくなかっただけなのかもしれない。
「……要するに、味見をしてただけってこと？」
「はい」
「ええ」
「そ、それじゃあ！」
　だいぶ血色の良くなってきたハーリーが、勢い込んで尋ねた。
「さっきのバーチャルルームは？」
「バーチャルルームのシステムを応用して、シミュレーションを行っていたんです。私はエステで前線に出てしまうことが多いですから、どんな状況でも少佐と 息が合うようにしておかないといけませんので」
　苦笑気味に説明する艦長の後に、ルリが淡々とした口調で続ける。
「シミュレーションが終ったので、記憶が新しいうちに反省会をしておこうと、艦長の部屋にお邪魔するところだったんですが……」
「あ、あははははは……なーんだ、そうだったの」
「あー、びっくりしたぜ、まったく」
「ははは。良かったじゃないか、ハーリー。大泣きして損したな？」
「な、サブロウタさんっ！」
　怒ってみせながらも、ハーリーは顔がほころぶのを隠し切れないでいた。全身に安堵感が漂っている。
　元気を取り戻した彼の姿に、その場を和やかな雰囲気が包みつつあった。
　と、ルリが胸元で小さく挙手をして、静かに問いかけてきた。
「ところで、私からもひとつ聞きたいことがあるんですが」
「え？　なに、ルリルリ？」
「――どうして、私と艦長がとった行動を、皆さんが熟知しているんです？」
　ルリの言葉に、空気が凍った。
　慌てて言い訳をしようとする一同を制するように、ルリが冷え冷えとした視線でサブロウタたちの顔を見回した。
「覗いてたんですね？」
「そ、それは……」
　『冷たい視線』というのは比喩表現だとばかり思っていたが、どうやら認識を改める必要がありそうだった。周囲の気温が軽く１０度は下がったような気がす る。
「艦長のことを監視していたのは、任務の一環でもありますし、大目に見ようと思っていましたが……こんなくだらない目的のためだったんですか？」
「って……ひょっとして、バレてた、ルリルリ？」
　恐る恐る問うヒカルに、ルリはそっけなく首を縦に振った。
「昼間からおかしいとは思っていましたが、オモイカネが教えてくれました」
　『調査委員会』の面々は、恨み言を言う相手の顔がどこにあるか分からないので、とりあえず周囲の空間を恨めしげに見回した。
　考えてみれば、『ルリさん命』のオモイカネが、この事態を放っておくわけがなかったのだ。ましてや、ブリッジにでかでかとウィンドウを開いていたのだか ら、言わずもがなである。
　ナデシコ艦内にいる限り、ある意味でクルーは、釈迦の掌の上の孫悟空以下の存在なのだ。
「……さーてと！　俺はそろそろ整備に戻らんとな。まったく、うちのパイロットどもはエステの扱いが乱暴で困る！」
「あたしも、そろそろ原稿の続きを」
「オ、オレは部屋に帰って寝るとするか」
「……あ、肩がこったから、お灸でもすえよう。……きゅう用」
　等々、口々にわざとらしい言い訳を並べながら、サブロウタとハーリーを残して、他のメンバーは逃げるように（実際、逃げているのだろうが）去っていっ た。
　爽やかな笑顔を残して逃げ去る面々を見て、艦長が苦笑する。
「全く……困ったものですね。すみませんルリさん。ご迷惑をかけました」
「いえ。別に気にしてませんし、第一、艦長のせいじゃありません」
　ルリはそっけなく言うと、スッとその黄金の目を細めた。
「──それに。皆さんには、後でたっぷりと反省してもらいますから」
「……は、ははは、そう、ですね……」
　艦長は、乾いた笑い声を上げた。こめかみを、一筋の汗が流れ落ちている。　
　――やっぱり、女……特に美人は怖い。
　　近いうちに、ナデシコ艦内を粛清の嵐が駆け巡ることになるであろう。つまらない陰謀に荷担したばかりに……哀れな。
　他人事のように、サブロウタは慨嘆した。
「……か、艦長！　ルリさん！」
　笑顔から一転して再び半泣きになっていたハーリーが、やおら頭を下げた。
「ごめんなさい！　良くないことだとは分かっていたんですけど……ごめんなさい！　どんな罰でも受けます！」
　土下座しかねない勢いに、艦長は困ったような笑顔を浮かべた。
「ハーリー君は悪くないよ」
「そうよ、ハーリーくん。どうせ、主犯格はサブロウタさんかセイヤさんあたりでしょう？」
　言って、ルリは横目でサブロウタに視線を送ってきた。
「はは、申し訳ないっす」
　ひょいっと片手を上げるサブロウタに、ルリは小さくため息を漏らす。
「……とにかく、タカスギ大尉とマキビ少尉。ブリッジに戻って下さい。任務中でしょう？」
「了解っす」
「は、はい……」
　いつもの態度を崩さないサブロウタとは対照的に、ハーリーはがっくりと肩を落とした。
　そんなハーリーを見て、艦長とルリが顔を見合わせた。もの問いたげなルリに、艦長が微笑みながら頷く。
　ルリは、感謝を伝えるように目を細めてから、居住まいを正した。
「ハーリーくん」
「あ……はい！」
　やや固いルリの声に、ハーリーは肩を震わせて飛び上がった。
「どんな罰でも受ける、と言いましたね？」
「はい！　もちろんです！」
　ハーリーは緊張で顔を強張らせながら、直立不動の姿勢を取る。
「それでは、マキビ・ハリ少尉。これからブリッジでシミュレーションの反省会を行いますので、そのデータの整理と分析を手伝って下さい」
「え……？」
　ハーリーは目を瞬いた。
　キョトンとしているハーリーに、艦長が笑いかける。
「艦長命令でもありますから、拒否はできませんよ」
　ようやく事態が理解できたのか、ハーリーは感動の面持ちで、ぶんぶんと首を縦に振った。
「――はい！　喜んでお手伝いします！」
　喜び勇むハーリーを見て、ルリはどことなく満足げに微笑した。
「それじゃあ、ブリッジに行きましょう」
　それでも表面上はそっけなく言い放ち、先頭に立って歩き出す。
　その右横に艦長が並び、左横には顔を輝かせたハーリーが小走りに続いた。　
『……おいおいハーリー、それでいいのか？』
　犬だったら尻尾を目一杯に振っているであろうハーリーの様子を見て、サブロウタは微苦笑を漏らした。
　肩をすくめながら、やはり声には出さずに続ける。
『ハーリーよ。本気でホシノ少佐の右腕になりたいんなら、それじゃあ駄目だと思うぞ。……ま、若いんだから、まだまだ時間はあるけどな』
　口笛を吹きながらサブロウタも歩き出した。
　きっちり二十センチほどの間隔をとって歩いている、艦長とルリを漫然と眺めた。つい先ほど、無言で視線を交わしていたふたりのことを思い返す。
『やれやれ。無条件で頼りにされる相手になりたいなら、最低でも艦長か、あの王子様に並ばなきゃ駄目、か。……壁は果てしなく高くて大きいぞ、ハーリー』
　可愛い弟分の未来の苦労を思い――とりあえずサブロウタは、口元にニヤリと笑みを浮かべた。









後書き　

　このSSは、「河田君家発時之部屋行」様（現在は閉鎖中？）に投稿した作品に加筆修正をしたものです。
　投稿先がどうやら閉鎖された様子なので、出戻りの形で当サイトにて掲載することにしました。
　管理人の初ＳＳ作品なので、恥ずかしいやら懐かしいやらで、なかなかに感慨深いものがあります。
　かなり手直しをしましたが、それでも今読むと泣きたくなりますね、むう（笑）

　DC版ゲームのSSということで、TV版・劇場版のファンの方には、取っ付き難い面もあるかもしれません。
　「艦長」も含めて、話の筋には絡んでいませんので、大きな問題はないはずですが。

　また、ウッドフォード准尉他のオペレーターたちに関しては、小説版の「機動戦艦ナデシコ　ルリAからBへの物語」（角川文庫）からお借りしてきました。

　最後に。
　今は書式を変えてありますが、オリジナル版は、ナデシコSS書きでもある「たのじ」様の「Digital Fairy Tales」を参考に……というか、そのまんまのレイアウトで発表させていただきました。
　「DFT」は、私がSSを書き始めたきっかけでもある作品であり、たのじ様ご本人からも色々とアドバイスを頂きました。
　また、元々の投稿先である「河田君家発時之部屋行」様にも、当時は大変お世話になりました。
　この場を借りてお礼を申し上げます。
　ありがとうございました。