機動戦艦ナデシコ
Digital Fairy Tales
〜in "The blank of 3years”〜
作：たのじ
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補足 『ルリちゃん正月日記』
＜２１９９年１月２日 晴れ＞
今日、テンカワさんが妙に気合を入れつつ「年始の挨拶回りに行くぞ！」と言ったとき、嫌な予感が頭をよぎった。
……で、その予感は見事に的中。今私はユリカさんの実家、ミスマル家で酔っぱらいと化した皆さんのお世話をしている。さっきまでただ一人正気だったカイトさんも、いまではユリカさんに潰されかけ。あとは時間の問題ね……。
ウリバタケさんの家に顔を出して毎度毎度の夫婦喧嘩を仲裁し、正月返上で修羅場のヒカルさんに挨拶をするまでは平和だったのに……。
明日の朝には頭を抱えてのたうちまわるのがわかっているはずなのに、大人って、やっぱりバカよね。
ミスマル家でも、大人しくしてれば大騒ぎにはならなかったのに、そもそもの事の発端は……。
やっぱりテンカワさんよね……。
ホシノ･ルリ
「お願いします！ お義父さん！」（がばっ）
「誰が『お義父さん』かっ！ ワシは君にそう呼ばれる憶えはないっ！」
「お父さまっ！一体アキトのどこが気に入らないのよっ！」（ばん！）
「アキト君のことをどうこう言っているわけではないっ！」（どん！）
「なら何で認めてくれないのよっ！」（ばん！）
「僕は必ずユリカを幸せにしてみせますから、どうか結婚を認めてくださいっ！」
「認めんっ！ ワシは認めんぞっ！」（どん！）
「お願いします！ お義父さん！」（がばっ）
………………。
……いつまで続くの、この騒ぎ？
奥の間からエンドレスで聞こえる三人の怒鳴り声とテーブルを叩く音を聞きつつ、ルリふと――今日何度目かの――思考の淵に沈んでいた。
そして目の前では、ミスマル提督を訪ねてきたはずの年始回りの客を、なぜかカイトが必死になって応対している。軍の高官であるミスマル提督を訪ねてくる客は既にかなりの数に上っているが、家中に響きわたっている怒鳴り声を聞くと、皆さっさと切り上げて帰って行く。
それだからこそ不慣れなカイトと愛想の良いとは言えないルリでも応対が出来たのであるが……。
……そもそも、ミスマル提督を正面から説得しようとするのが間違いよね。
コウイチロウの親バカぶりをよく知るルリは緑茶をすすりながらそう考える。目の前では、相変わらずカイトがひっきりなしに訪れる次の客の相手をしていた。
……お茶をいれてこよう。
ルリはそう思い立つと、空になった急須を手に、カイトをその場に残して台所に向かうのだった。
１月２日、アキト達四人は、それぞれ着飾って年始回りに出かけていた。そして今、最終的な目的地であるミスマル家の門前にいる。
アキトはいつの間に仕立てたのか、――普段が普段だけにコックコートに比べて似合ってないことおびただしい――いっちょうらの背広。カイトは物持ちがいいことに、まだ持っていた優人部隊の制服。
ユリカとルリはなんと振り袖である。ユリカは髪を結い上げ、ルリは逆に髪を下ろしているので、振り袖と相まってかなり印象が変わっている。ルリなど、落ち着いた雰囲気のせいもあり、十三歳とは思えないほど大人っぽく見える。
四畳半一間で暮らしている二人がなぜ高価な振り袖を持っているのか不思議に思われるかもしれないが、ユリカもルリも元ナデシコのクルー、おまけにユリカはこの若さで少佐である。実は年齢に比べて高給取りだった二人なのだった。そして二人とも贅沢をする性格ではないので、それなりに蓄えがあったのだ。
これでなぜ、未だに四畳半一間で暮らしているのだろうか？ 理解に苦しむところではある。
「ルリちゃんやっぱりよく似合うよ〜！ 元が良いと違うよね！ ね、二人とも！」
「あ、ありがとうございます……」
ともかく、家を出たのは午前１０時、四人はまずはセイヤの家に向かった。そこでは例によって例のごとく、ウリバタケ夫妻の夫婦喧嘩――とは言ってもいつもセイヤが一方的にプロレス技の餌食になっているのだけなのだが――が繰り広げられていた。
「ふんっ！」
「相変わらず見事な四の字固めですね。がっちり極まってます。これを外すのはちょっと難しいですね」
「ぎゃあああああ！ ロープ、ロープだって言ってんだろ〜！」
それを何とか引き離して挨拶を済ませ、次はヒカルのアパートへ。そこではアシスタントをさせようとするヒカルのお誘いを断り、
「ね〜、お願い、手伝ってぇ〜！」
「まだ回るところがあるのでご遠慮します。それに私たち、この格好ですから」
そして午後二時、ようやくミスマル家にたどり着いたのである。
四人、主にユリカを出迎えた紋付き袴姿のコウイチロウの顔は、愛しい娘の振り袖にだらしなく笑み崩れていた。
「ん〜、やはりユリカには振り袖姿がよく似合う。ルリ君もよく似合っているよ」
「あけましておめでとうございます、お父様」
「あけましておめでとうございます、ミスマル提督」
上機嫌のコウイチロウだったが、それもアキトが『ユリカとの結婚』を口にするまでだった。口論から怒鳴りあいに発展するまでほんの数分。
感情的になって怒鳴り会うミスマル親子と、ひたすら頭を下げるアキト。間に挟まれる立場になったルリとカイトはそれぞれの反応――ルリは平然と、カイトはどうしたものかと頭を抱えながら――で、その場を眺めていた。
いっこうに終わる気配をみせないこの怒鳴りあいの最中にも、ミスマル家には年始回りの客がやってくる。それをだしにその場を納めようとしたカイトだったが、返ってきたのは、
「カイト君、ルリちゃん。私たちは忙しいから、代わりにお客のお相手、よろしくね」
というユリカのお言葉だった。
押しの弱いカイトに断れるはずもなく、そして冒頭の状況に続くのである。
と言うわけで時刻は既に午後七時。
最後の客もようやく帰り、机に突っ伏してしまったカイトであった。
「疲れたぁ……。ルリちゃん、何人来たか覚えてる？」
「約四時間で１２人、ご苦労様でした。……お茶です」
「ありがと」
ルリのいれたお茶をおいしそうにすするカイト。対してそのルリは、場をカイトに任せて座っていただけなのでさして疲れた様子もなく、自分もお茶をいれてのんびりとすすっている。
「ところでルリちゃん」
「何ですか？」
「奥がだいぶ静かになったみたいだけど、終わったのかな？」
「まだ話し声はしますけど、だいぶ落ち着いたみたいですね。いい加減、声が枯れたんじゃないでしょうか？」
奥へと続く廊下に目を向けるルリ。一時間ほど前から怒鳴りあいは徐々に静かになり、今では声は聞こえてこない。
奥の間に向かう二人。ところが近づくにつれて人の声が聞こえてくる。怒鳴り声ではないが、何か普通の声ではない。
「ルリちゃん、これ、何だと思う？」
「さあ、私には判りません」
どこか異様な雰囲気におそるおそるふすまを開けるカイト。
そして二人がそこに見たものは、既に出来上がった三人だった……。
床をみれば空の一升瓶が転がっている。テーブルの上には豪華なおせちの残骸、そして半分がた空になった一升瓶がもう一本。三人で空けたのならば大したペースである。
そしてその結果、三人の姿はルリとカイトが最後に見た姿とは大いに違っていた。
背広もネクタイもはずしてグラスを握っているアキト。この寒い時期に腕まくりまでしている。それに対抗するかのように羽織を脱ぎ捨てたコウイチロウ。こちらは升を片手にやっている。
そしてユリカは二人もまして乱れていた。足を崩して座っているため裾は豪快にまくれ上がり、肩もはだけてほとんど丸見えである。手にはしっかりグラスを握りしめ、何がおかしいのか酔いの回った上気した顔でにこにこと笑いながらその場を見回している。
「三人とも、一体何……いてっ！」
……大人って……（怒）。
「る、ルリちゃん？」
ユリカの姿に思わず生唾を飲み込んで凝視してしまったカイトだったが、ルリに思い切り足を踏まれてようやく視線を外した。
二人の闖入者にも酒を勧めるユリカの振り袖を苦労の末にルリが整え、カイトが三人に水を飲ませて一段落。これでようやく解放されると気を抜いた彼らはまだまだ甘かった。
「カイトさん、手伝いましょうか？」
「……それより、ユリカさんの相手をお願い。ルリちゃんも、その格好で寝たらえらいことになるから、着替えを借りた方がいいよ……」
結局、宴会の末に、こうして泊まり込むことになった四人であった。一つ頷いて、ユリカを連れて出て行くルリ。
それを見送ってから、カイトは引っぱり出した布団に、魚河岸のマグロのごとくぐったりしているコウイチロウとアキトを放り込む。『先に潰れた者の勝ち』という宴会の鉄則通りに二人の世話をするカイトだったが、ユリカの相手をした結果、自身もその一歩手前なのでいつ潰れるかは時間との勝負だろう。
布団を五つ並べて（ミスマル家はさすがにそれだけの広さがある）、二人を寝かせたところで、ルリがユリカを半ば引きずりながらやって来た。完全に潰れたユリカは、幸せそうな顔でルリに寄りかかっている。
「あ〜、わたし、アキトのとなりのおふとんでねる〜」
だが、眠っているアキトの姿を認めると、しっかりした足取りでその隣の布団に潜り込んでいった。
「さすが、ユリカさんですね」
「ほんと、アキトさん絡みになると酔っててもこれか……」
「カイトさんは、大丈夫なんですか？ 顔色、良くないですよ？」
「そろそろまずいかもしれない……。ルリちゃん、悪いけど後よろしく……」
「あの、向こうに着替えありますけど、いいんですか、カイトさん？」
「……もう、寝る……」
それだけ言って木連の制服を着たまま倒れ込むカイト。ごそごそと這うように半ば布団に潜ると、それっきり動かなくなってしまう。
……こんなになるまで飲まされるなんて、ほんとに要領の悪い人。
とりあえずカイトに布団をかけ直し、ルリはその場を眺めている。そして一人先程まで行われていた宴の結果――四つの酔死体もどき――を見渡すと、明かりを消して自分も布団に潜り込んだ。
……大人って、やっぱりバカばっか。
苦笑を浮かべながら小さな声で呟くと、彼女もやがて小さな寝息を立て始めた。
「あつつつつ……、昨日はさすがに飲み過ぎたわい」
「お父様もアキトも、あれくらいで。情けないですよ」
「お前が強すぎるんだって……」
「あんまり声ださないようにね。カイト君とルリちゃん起きちゃうから。昨日は後始末までさせちゃったから、寝かせといてあげよ」
「うむ、しかし、こうして見るとルリ君とカイト君、並んで寝ているのが実に絵になっているではないか」
「ほんとですね。まるで兄妹みたいだ。ルリちゃんも、寝顔は年齢相応にあどけないんだな」
「アーキートっ！ 女の子の寝顔をじろじろ見るんじゃないの！ 二人が起きる前に、朝御飯の用意しましょ」
「ユリカ、ワシは軽くお茶漬けでも食べたいんだが」
「は〜い、判りました、お父様。アキト、一緒に作ろ！」
「おい、ちょっと待てよユリカ！」
そしてその場には、並んだ二つの布団で仲良く向かい合って眠るルリとカイトの姿が残されたのだった。
おしまい
後書き
どうも、あけましておめでとうございます。
「向かい合って仲良く眠る年の離れた兄妹の様な二人の図」、そのためだけに書いたSSでした（笑）
会話主体で書こうとして……、結局いつもの通り。違うスタイルに挑戦するのって難しいですね。
ところでアキトとコウイチロウ、私は仲が悪いとは欠片も思っていません。
コウイチロウは「親バカ」故に、「娘をさらっていこうとする男は全て敵」という反応をする……よって冒頭の状況となるわけです。
ちょっと前に身近で起こった騒動を思い出すなぁ……。
それでは今日はこの辺で。
最後に、この作品を掲載して下さった河田さん、本当にありがとうございました。
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